家に帰るとフミが玄関で出迎えてくれる。
ごめんね、お母さんもう帰ってこないんだ。

2階に上がるとテンちゃんが撫で待ちしている。
ごめんね、お母さんもう撫でてくれないんだ。

猫は母が死んだことなんて知らない。
猫はもう母に会えないし、
母ももう猫に会えない。

ごめんね、としか言ってやれなかった。
それがどうしようもなく悲しかった。


父は、ボーッとしてしまって何も手につかない。
想定の範囲内だ。
親族と知人に死亡の連絡をし、
予約していた葬儀社と打合せをする。

火葬場が混んでいて、葬儀は少し先になった。
遺体が劣化してしまう。
オシャレが好きな人だったから、
最後は絶対に綺麗にしてあげたい。
エンバーミングはつけよう。
高いけどこれは譲れない。


エンバーミング用に母の化粧品を持っていったり
棺の母に会いに行ったり
棺に入れるものを準備しているうちに
葬儀の日を迎えた。

母は抗がん剤の副作用の味覚障害で
半年ほど好きなものを食べられなかった。
好きな食べ物を思い付くだけ買って
前日に綺麗な和紙に包んで
葬儀当日に棺に入れた。
食いしん坊みたいになった。

母は葬儀で使うような花が
あまり好きじゃなかったから、
母の好きな花と
母の実家の近くに昔生えていた花を買って
棺に足した。
明るくて楽しげな雰囲気になった。

生前撮りに行ったデータで作った遺影は
とても綺麗で優しい顔をしていた。
撮りに行っておいて良かった。

無宗教でお坊さんや読経はないので、
母が好きだったボサノバをかけた。
穏やかな空間の式になった。

最後、棺にカラーマジックで
母へのメッセージと猫の絵を描いた。
病院では声にならなかったから、
感謝の気持ちと別れの言葉をたくさん書いた。

仙台の時と違い、火葬場の火力が強いので
母はすぐに骨になってしまった。

骨を拾う時に大きいチタンの人工関節や
ボルトが出てきた。
こんなものを入れないと母は生活ができなかった。
20回も手術をしていた。
なぜ、この苦労が報われないのか。
骨を拾いながら、また悔しくなった。

母の葬儀が終わると、梅雨が開けた。


私にとって骨壺は母ではない。
骨は骨でそこに母はいない。
返事もしてくれないし、
仮に骨に魂が縛られてしまっていたら
いずれ埋められてしまうので気の毒だ。

だから、母はもうどこにもいないのだ。

母が使いやすいようにリフォームして
調理台ばかりバカでかい変なLDKにも、
寝室のベッドにも、
いつも座ってる椅子にも、
一緒に買い物に行ったデパートにも、
共に過ごした街にも、
誇りを持って働いていた職場に通う道にも、
みんなで散歩をした道にも、
どこにもいなくなってしまった。

目に入る場所はどこもかしこも母がいた場所なのに
母がいた痕跡はたくさんあるのに、
そのどこにも母がいない。

あと何十年かはいるはずだったのに、
なぜ母はここにいないのだろう。

母がいた時に聞こえていた生活音がしないから
実家にいるのに違和感しかなかった。

それでも生前母に頼まれていたから、
毎日母の遺品整理と実家の断捨離をした。
妹もちょくちょく来て手伝ってくれる。

よく服を一緒に買いに行っていたので
どの洋服を見ても見覚えがあり、
一緒に買った記憶がある。
着ていたシーンもやりとりも覚えていて、
記憶は微笑ましいのに肝心の母はいない。

これが人が死ぬということなのだ。


母の代わりにはなれないけど、
できるだけ猫を呼ぶ。

テンちゃんを撫でる。
テンちゃんはゴロゴロ喉を鳴らす。
フミを呼ぶ。
フミは私が呼ぶと怒る。
でも無視しても怒るから、母の分も呼ぶ。

フミ、テンちゃん、お母さんいないね。
いなくなっちゃったね。
でもずっと大切にするから、長生きしてね。
それでいつか、天国的なところに行くなら、
その時はお母さんによろしくね。



母はまだ死ぬには若かったと思う。
私は今でも悔しいと思っているし、
もしも神様がいて見えたなら、
やはり同じことを言うだろう。

「クソかよ」


それでも、死ぬまでにたくさんの準備ができた。
残りの時間は大切に噛み締めることができた。
母の希望に沿うことができた。
取り乱すことなく、母に寄り添うことができた。

後悔がないというのが救いだ。


なにはともあれ、
母の子どもとして産まれたことに感謝する。
育ててくれたことに感謝する。
頼ってくれたことに、遺してくれたものに、
母の全てに感謝する。

どうか、安らかに。
変な言い方だけど、お元気で。
お母さん、今までずっとありがとう。

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